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〈4〉55年前の父と息子 [再び寄り道1953~]

 昭和22年に私の姉が、24年に兄が生まれている。末っ子に生まれた私はたいそうかわいがられたと姉がいまだに恨めしそうに語るが、私にはむろんそんな意識はない。ただ、私が生まれた頃あたりから少しずつ世の中も豊かになり出したと言えるかも知れない。そしてその頃に父は一念発起して精米所を建てて家業を始めた。精米、籾すり、押し麦、米・麦・大豆などの製粉などをおこなう、農村になくてはならない加工所である。農家は、自家用の米は籾で保存するから、籾すり、精米はもちろん、まだ牛馬をどこのうちでも使っていたから、それ用の飼料も加工する。

 この精米所とわが家は、同じ集落の中にあるが、端と端に離れている。朝、父は精米所に出かける。昼前に、母親が作った弁当を届けに私が精米所に行く。途中、急な坂道があったり、たまには出会いたくない乱暴者のガキ大将が待ち構えていたりする。そういうときはうんと遠回りする。まだ私が就学前の5歳の頃かからである。

 そのうちに父はオートバイを買ってきて、これで精米所に通ったり、コメを配達するようになった。たまに私を後ろに乗せて走る。一度はスタンドをきちんと上げていなくて、はでに転倒したこともあった。いまだにその時の痛さを憶えている。60年近く前のことなのに。オートバイでも仕事に不足が出るのか、父はその頃流行りだしたオート三輪車を買ってきた。もちろん、その当時運転免許を持ち、車を商売に使うなどということはそうあるものではない。集落内で1人だったと思う。父は実に進取の精神が盛んだった。

 当時、父は30代半ば。三輪車は四輪車よりはやはりバランスが悪くカーブを曲がるときなどはひやひやするが、小回りは利く。エンジンがうまくかからない時があるので、チョーク弁をなんべんも引く。コメや飼料などを積んであちこちと運ぶ。私はいつも助手席に乗って、荷物の上げ下ろしなどを手伝わさせられる。おかげでずいぶん体は鍛えられた。叺(かます)やt唐米袋(トマイブクロと呼んだ)を父とつかんで荷台に積んだり、精米所のなかに積み上げたりする。おかげでこういう袋物のトラックの荷台への積み方や、ロープの結び方などはすっかり覚えた。

 いま、家庭で米の量を計る計量カップは1合=180ccである。10合で1升(1.8ℓ)。白米1升はだいたい1.5キログラム。10升が1斗(ト)で15キログラム。4斗でカマス1袋ぶんになり、これが1俵=60キログラムある。米価はこれが単位(玄米)になる。このカマスを肩に担ぐのが農家の一人前の男である。私は中学高校の頃はこれができたが、いまはもちろんできない。やろうとすればぎっくり腰になること確実である。精米所には1合、1升、1斗それぞれの枡がある。これで米の量を計る。米をすくったり、入れたりして、正確にするために枡のヘリを転がす(すり切り)長い円柱状の木の棒もある。分銅を左右にずらして計る計量秤も自分の体重の量りながら使いこなした。

 いまスーパーなどで米を買うのは5キロないし10キロのビニール袋であるが、昔はそういう簡便な袋はないから、集落内で農業をやっていないうちから米の注文があるときは、枡で1升ずつ計って布袋などに入れて売っていた。子供の私が配達し売っていたのである。

 なお、石(こく)という単位もある、米や材木などの立体をはかる単位だが、玄米1石は10斗(150キログラム)だから2俵半である。江戸時代の頃は1石8斗がほぼ人ひとりが1年に食べる量とされていたという。1日5合の計算になる。宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」にも「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」とある。米だけの話だが、今の人はその半分も食べているだろうか。

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コメント 2

dendenmushi

@トウマイブクロ! なつかしい名前ですね。
うちにはオートバイもなかったから、荷車を引いて、精米所にいったものです。
by dendenmushi (2015-09-01 06:51) 

dairo

実際はなまって「トマイブクロ」と呼んでいました。今調べたらどうやら「唐米袋」が正しいようです。麻袋ですね。昔は大人も含めてどういう字を書くかも知らずにわけのわからぬ言葉をよく使っていました。
by dairo (2015-09-01 11:26) 

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