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【62】またやっちゃった [保育園送迎記]

 丸2ヶ月、ごぶさたしました。病気でした。5年生存率がどうのとかいうあの病気です。このブログを始めるときに書いたように、東日本大震災の年の3月1日に前回の手術を受け、その入院中の11日に大震災を迎えたのでありました。そしてその年の4月から、ヒトシの保育園送迎を始めたのでした。

 前回のときはごく初期のもので、このステージの5年生存率は85%でした。ですから切り取ればそれで完治と思ったんですな。医者もそう言った。実際、退院以降、2週間、1ヶ月、3ヶ月ごとと間隔を空けながら、術後の検査および診察を律儀に受け続けてきましたが、その間、怪しげな影は差さず、無事、丸5年目を今年2016年の3月に迎えました。

「これからはどうしますか。これで終わりにしますか。それとも半年にいっぺん検査を続けますか?」と主治医に言われたので、「では半年ごとに来ます」と答えたものでした。そして最初の半年後の9月5日のレントゲン写真に怪しげな影が映っているではありませんか。

 ああ、それからはまたしても検査の嵐です。まず3日後の8日にCTスキャン。翌週の15日に結果を聞きに行って、受付(機械です)をしたら、診察前に心電図と肺活量を測定せよとの指示が出ている。これはすでに手術を予定しての指示だ。主治医の診察では「CT画像もよくない。とにかく手術を前提に検査を進めましょう」とその場で、MRI、PET、生検(気管支鏡)を予約を入れられた。

 MRIは脳、PETは脳や肝臓をのぞく全身の転移の有無の検査だ。できちゃったものはしかたがない、ということはすぐに覚悟できるが、これがどこかややこしいところに転移しているとなれば、覚悟も猶予なしの深刻なものになる。さっそく帰って、前回の「もしもノート」と取り出してきて、最新版を作る。そして今回は妻や息子夫婦にも正確に説明し、もしものときは、必要と考えられることは全部ここに書いてあるのでこのとおりにせよと伝える。

 幸いにして(何が!)転移は見つからなかった。気管支鏡検査はやはりクロ。ただし非小細胞タイプということで、ほんの少しは神様のお恵みがあった感じ。ということで、10月18日入院、翌日19日手術とフィックスされてしまった。なにしろ、私の肺活量4000とかで、「これだけあれば十分手術はできます。1000あればできますから」などと安心させる(何が!)。前回は右上、今回は左上である。だが、その場所が悪い。上から下にまたがっている。「こういう場合、左の全摘が確実ですが、dairoさんの場合、前回のこともありますし」と悩ましいように言うので、「全摘は避けてください。20年後ならともかく、この年で車いすに乗って酸素ボンベを吸っているなどという姿は考えたくありません。それなら死んだほうがましです」と答えた。今でもほんとにそう思っている。

 18日、タックんを保育園に送って行ったあと、入院すべくタクシーを電話で呼ぼうとしたのだが、「30分くらいかかります」などと平日の午前中らしからぬことを言う。「この時間はお年寄りの通院が多いんです」などと言い訳をしている。「ちくしょうめ。1割負担のヒマ老人が」などと1人毒づく(ごめんなさい)。ふだんなら自宅から病院まで40分歩くところだが、今日は荷物がある。しょうがない、自転車で病院まで駆けて行った。「こんな病気で自転車で入院する人なんて考えられない」とあとで息子に笑われた(あきれられた)。

 そして手術の朝が来た。


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