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【68】満開の桜の下で [保育園送迎記]

 今年の桜は長く散らずに残っている。わが家の回りも桜並木が花盛り。ソメイヨシノ、オオシマザクラ、と色もいろいろ。そろそろ八重桜も咲く頃だ。孫3兄妹も元気に小学校と保育園に通っている。末のレンは保育園に通いだして2週め。上2人んもそうだったように、保育士さんにわたそうとすると、最初は大泣きしてしがみつく。かわいそうでこちらまで涙ぐむほどだが、なに、1週間もすると慣れてきて、みんなと遊んだり、昼寝をしたり。

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 レンも次第に慣れてはきているが、まだ、朝、別れるときはギャーと泣く。しかしその泣きかたもだんだん短くなって、私が部屋を出て行く頃はすでに回りの子たちと遊びだしている。まだ慣れないうちは早めに迎えにきてくださいと言われて午後2時頃に迎えに行く。夕方にはタックんを迎えに行かなければならないので、1日で保育園まで3往復しなければならないことになる。

 一昨日などは、お昼に都内で仕事の打ち合わせがあったので、2人を送って行ったあと、電車で出かけて、用事を済ませてあわてて戻ってきた。それでも私の姿を認めると喜色満面で駆け寄ってくるレンを見ているとこちらも幸せな気分になる。

 ヒトシは2年生になり、小学校の授業も毎日5時限まであり、3時過ぎにわが家に帰ってくる。5時過ぎにはタックんを迎えに行き、レミママが仕事から帰って売るまで、3人で騒ぎまくる。しばらくおとなしいなと思っていると、だいたいろくなことはしていない。昨日は、レンは私の机に上に乗って、ノートパソコンやボールペンなどをいじっていた。だいたいどうやって上ったのか?

 私も病み上がりである。からだがだるく、立ち上がるのもおっくうなときもある。立ち上がれば今度は立ちくらみがする。呼吸が浅く苦しい。こんな体力でちびっこたちの相手がいつまでできることか。もう少しおとなしくしてくれといつも思うが、帰ってしまって静かになると、寂しくもある。 

【67】3兄妹そろって同じ保育園に [保育園送迎記]

 タカシとレミママの息子夫婦の第3子はレンという名前の長女。生後1年になって保育園に申し込んだが、空きはなかった。これは織り込み済みで、レミママの職場も育児休暇を半年延長してもらった。そして今春4月入園の申し込みを再びした。マスメディア等でずいぶん報道もされたが、やはり結果が知らされるまではハラハラするものである。私もそばで見ながら気が気ではない。どういうしくみで保育園の入園者が決められるのかはわからない。さまざまな要素をポイント化して決めるそうだが、その配点のしくみはわからない。

 3人の孫はいずれも2回目の申し込みで市立の同じ保育園に行けることになったが、これは両親が共働きなのはもちろん、いずれもフルタイムで勤務していることが大きい要素だろうと思われる。それにしてもだ。こういう騒ぎ(働きたいのに、子供を預ける保育園の空きがない)をいつまで続けるのだろう。それとも一過性のものなのか。

 柴田悠著『子育て支援と経済成長』という新書を読んだ。欧米諸国の福祉政策などを歴史的・統計的に紹介しつつ、我が国の子育てに関する福祉・経済・税制的な施策の提案を行っている。子育て支援・保育に関する財政的支出はそれを上回る経済成長につながるということを説いている。

 女性の職場進出はサービス産業主流の日本経済において、やはり労働生産性を高めることは確実らしい。高齢者の労働参加もむろんプラスになるが。あとは移民政策だが、現実的に現場サイドでは徐々に増えてきているのは確かだが、ヨーロッパ並みに増やすということはとてもむずかしいだろう。そうすると、やはり女性(や高齢者)に職場参加・復帰してもらう以外にないのだ。となると女性の職場進出、少子化対策のためにも公的な子育て支援というのは絶対に必要になってくる。

 興味深いのはフランスでの出生率回復の決め手は、事実婚を認め婚外子への差別を撤廃するパクス制度でもなく、移民政策でもなく、認定保育ママ制度であったということだ。研修などによって資格を得たママさんが、個人的に数人の幼児を保育するという制度だ。

 なにはともあれ、わが家の孫3兄妹すべてが同じ保育園に通うことになった。そして意図せず3兄弟とも主に私が送迎することになった。これまで6年、そしてこれからあと5年である。私のような年代の男が送迎するのはやはり目立つもので、保育園ですっかり有名人になってしまった。昨年秋からの病欠のときは「おじいちゃん、大丈夫ですか? おかげんはいかがですか?」とまわりからレミママがよく聞かれたそうだ。最近また送迎を再開したら、「お元気になられてよかったですね」とよく言われる。