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19.親愛なる扇山と君恋温泉 [私の山歩き]

 奥多摩からちょっとだけ外れるが、中央線沿線の扇山というよく通った山がある。中央線終点の高尾から中央本線に乗り継いで、子仏トンネルを抜けると相模湖、藤野、上野原、四方津、梁川と続いて鳥沢駅に着く。鳥沢の先は日本三大奇橋のひとつとして有名な猿橋のある猿橋駅、その先が大月駅である。

 鳥沢駅で降りて、北方へ1時間ほど歩くと梨の木平という扇山のふもとに着く。大月カントリークラブという有名ゴルフ場がある。何度も通うようになってからはタクシーを使うようになり、近年ではバスが週末に運行するようになったのでそれを利用するようになった。そこから扇山山頂までは1時間20分ほどであるから、実にわかりやすい簡単な山である。

 梨の木平から1時間ほど登ると稜線に出る。大久保のコルという鞍部である。扇山は右へ向かう。左へ向かうと大久保山という小高い丘で、その先が百蔵山である。この百蔵山と扇山を縦走することが多いが、今回は扇山だけにしよう。20分ほどなだらかの丘を登るように山頂に近づく。山道は広く気持ちのいいシラビソなど針葉樹の林である。

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 山頂は広場のように広い。遮るもののない南西の空に富士山がそびえている。われわれはここでよく宴会のようなランチを催した。10回以上は登っている。ここから下山するのは犬目の宿である。犬目は甲州街道にある宿場町である。葛飾北斎の富岳三十六景(下)でも有名だ。いまは静かな静かな集落になっている。犬目を経て大野貯水池へと向かう。舗装道路でただひたすら歩くばかりだが、この大野貯水池は冬には多くの渡り鳥が羽根を休めている。さらに歩くと、JR四方津駅に着く。

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 これが普通のコースだが、扇山から犬目に下りないで、途中から右手に折れて、君恋温泉に寄ることが多くなった。君恋温泉の名前のいわれはまだ調べていないが、その名前ほどはロマンチックではない。しかし、実に実にありがたい温泉なのである。森を抜けた畑の中に立つ一軒宿だが見かけは普通の民家である。お湯だけなら500円で入れる。(今はどうか知らない。)ビールを頼むとこんにゃくのミソ田楽を出してくれる。このうまいこと。鉱泉の風呂は2つあるが、お客さんが少ないと1つだけ沸かして、男女が交互に入る。

 宿の前には桜並木があり、春の満開の時期に桜と富士山が桃源郷のような姿を見せてくれる。風呂に入り、酒が入れば、もう歩く気はなくなる。宿の人に頼んで鳥沢からタクシーを呼んでもらって、鳥沢駅へと戻ることになる。まあ、年に1回くらいならこういうぜいたくも良しとしようではないか。

 いつだったか、この宿にストックを忘れたことがあった。電話するとちゃんと取ってあったので、翌週末また1人で同じコースを歩いて、湯に入ってストックを受け取って帰ってきたこともあった。そのときは1人だから四方津まで歩いて、駅前でワンカップを買っていい気持ちで帰ってきた。こんな山歩きもしていたのである。

18.奥多摩 高水三山と本仁田山~入門の山、萩、蕎麦 [私の山歩き]

 奥多摩編も最後になったが、高水三山(たなみずさんざん、793m=岩茸石山)と本仁田山(ほにたやま、1224m)を忘れてはいけないな。奥多摩の入門として両方とも紹介されることが多い。青梅線で終点の奥多摩駅まで行かずに、手前の駅から登り始めることができるし、それなりの変化を楽しめる。

 高水三山は青梅線の軍畑(いくさばた)で下りて、しばらくは川沿いのアスファルト道を歩いて高源寺というお寺さんを過ぎて、堰堤を越えてから山道が始まる。杉の植林帯を登って行く。途中ベンチが置かれている幅の広いまっすぐな上り道がある。尾根道に出るとすぐに常福院という真言宗の古刹がある。この裏側に付けられた道を登ると高水山である。

 高水山から急降下して岩茸石山に登り返すことになる。もう20年ほども前だが、ここで数人の男性に呼び止められて、「この先で倒れた人がいます。急ごしらえの担架を作るのでベルトを貸してください」と頼まれた。すぐにベルトを抜いて渡した。それも含めて数本のベルトを2本の木の枝にわたして担架代わりにし、その人たちは心筋梗塞らしい急病人を常福院まで下ろして行った。われわれが岩茸石山で休んでいると、ヘリコプターの音が聞こえてきたので、病院まで搬送されたらしいとわかった。

 驚いたのは、病人を運んで行った人たちがわれわれのところまで戻ってきて、そのベルトを返してくれたことだ。倒れた急病人と同じパーティの人たちとばかり思っていたが、病人は単独行で、男性たちはただ通りかかっただけだった。私が病人の顔色を見たときは「たぶん危ないな」と思ったが、その人たちが言うには「わかりません。大丈夫だといいんですが」。翌日の新聞やテレビのニュースを見てもそれらしい記事は出ていなかったので、たぶん大事には至らなかったものと思われる。あの人たちは人命を救ったのである。あわてず的確な対応をするのは、そう誰にもできることではない。

 さて、この岩茸石山山頂にはきれいな萩の群落がある。初秋の萩の花はなんともいえず風情のあるものである。この山頂から黒山を経て棒ノ折まで2時間半ほどのコースがある。あんまり人は歩かないので、静かな雰囲気を堪能できる。余裕のあるときはおすすめだ。高水三山のあとひとつの山は惣岳山だ。きれいな植林の間のきれいな道を歩く。惣岳山には青渭(あおい)神社奥の院というお宮さんがある。ふもとの沢井に里宮があるそうだ。このすぐ下に真名井の井戸という水場が祀ってある。青渭神は水神様のようだ。

 ここから御岳駅まで下るのだが1時間とちょっとかかる。御岳駅の裏側というか山側に玉川屋という老舗のそば屋さんがある。風情のある茅葺きの店で、そばとビールで疲れた脚を休めるには最適だ。ただし、休日などは満員で、とても落ち着いてゆっくりしていられないというのが難点ではあるが。

 青梅線を御岳駅からさらに3駅奥多摩駅方面に上ると鳩ノ巣駅に着く。ここは川苔山から下ってきたときに着いた駅だ。ここから舗装された道を大根ノ山ノ神という祠あるところまで登ると、川苔山への分岐に出る。ここを左に登る。ここらあたりもいつの間にか白けた林道が付いた。その林道を左に分けてぐんぐん登るとコブタカ山という壁のような頂に出る。ここまでくればあとは快適な山歩きが楽しめる。

 いつだったか会社の仲間と積雪期に登ったことがある。誰も歩いていない真っ白な雪道をラッセルしながら登るのは実に気持ちが良かった。ただ、バテて倒れそうになった人間が一人出てあわててしまったが。積雪がなければいつ歩いてもほんとに気持ちのいい散歩が楽しめる。山頂からはきれいな富士山が望める。

 下りは急坂を転げるように下りる。安寺沢という多摩川の支流に出たら、あとは奥多摩駅に向けてアスファルト道をひたすら下りるだけである。

17.奥多摩 棒ノ折山〜沢登り、温泉、雹 [私の山歩き]

 奥多摩で何度も通った山と言えば、棒ノ折(969m 棒ノ嶺)を外すわけにはいかない。変な名前だが、例によって弘法大師にまつわる由来のある名前らしい。青梅線の川井駅から奥茶屋まであるいてキャンプ場を抜けてワサビ田を縫って登りにかかるコースを最初選んだが、このコースは面白くない。キャンプ場までやたら歩くし、ワサビ田には有刺鉄線が巡らしてあったりで、あんまり気分よくない。頂上下の登り道も杉林の中を階段状の道がついていて、興趣をそがれる。
 
 ただし! 獅子口屋(ししぐちや)のわさび漬けは安くてうまい。高尾山口の駅の売店などで売っているが、行くたびにいくつも買っている。実サンショウもキャラブキもご飯のおかずに最適(でも、昔に比べると値段の割に量が少なくなってきた)。いつか、ここのワサビ田から川井駅に歩いている途中で、獅子口屋の工場を見つけて、「ここにあったのか!」と大発見した気分になった。

 棒ノ折に登るなら、埼玉県側の名栗湖畔から白谷沢を登るコースが面白いことに気づいて、ここから何度も登ることになった。複数人のグループで西武線飯能駅からタクシーを利用して名栗湖までいき、さらに有間ダム(みごとなロックフィルダム)を渡り、湖畔をさかのぼって白谷沢登山口で下りる。料金はかさむが4人で割り勘すればそんなに負担にはならない。タクシードライバーもとても喜ぶ。

 白谷沢に付けられた登山道を渓流にそってスリルも味わいながら登る。ほとんど沢登り気分が味わえる。1時間20分ほどで沢登りは終わり、いつのころからか付けられたスーパー林道にパカッと出る。これだ。腹が立つのは。林業のみならず生活や観光にも使えるということで、あちこちでこのスーパー林道というのができた。本当に役立つのなら多少の自然破壊も許容できるが、そうは思えない。作っただけで、山腹に付けられた白々しい道だけが長々とくねっているだけなのだ。もちろん利用している人はいるだろうから決めつけはよくないが、見る限りは無駄な公共投資としか思えないのだ。

 さて、その白けた林道を渡ると、急な上り道にかかる。登りきると岩茸石という大きな岩のある尾根に出る。この岩は登れる。あるとき、ちょっと失礼してこの岩陰で小用を足していたら、若い女性のグループが通りかかってあたふたしたことがあった。その節は失礼しました。

 この岩から森の中の上り道に入る。急な階段状の坂を登ると、権次入峠(ごんじりとうげ)という平場に出る。ベンチもあって休憩ができる。ここを右へ折れて25分ほどで棒ノ折山の山頂に着く。この道は緩やかで幅の広い上り道なのだが、土留めのために階段状に道が作ってあり、これがけっこう脚にくる。山頂も広々とした広場になっている。野球だってできそうだ。昔は茅を刈る茅場だったそうだ。山頂にはテーブルとベンチがいくつかあり、ゆっくりと宴会もできる。天気がよければ北方に上州や日光の山々も望めて、まことに気持ちがいい。

 さて下りは先ほどの権次入峠から右に入り黒山から岩茸石山へと縦走し、惣岳山から御岳駅へと下りるコースがとても充実している。静かな山歩きが堪能できるが、われわれは横着して、権次入峠からさらに岩茸石に戻って、右に下って名栗温泉へと向かうのが常だった。ここの大松閣という老舗の温泉宿の日帰り湯に入るのだ。湯上がりはむろんビールで乾杯だ。これがあるから山歩きはやめられない。

 あるとき、これは初夏だったが、ここからバス停に向かう途中で凄まじい雹(ひょう)に降られたことがある。直径1〜2センチくらいの雹がバラバラバラと、走って駆け込んだバス停の屋根をたたく。あれはこわかった。

 

 


 

16.奥多摩 大岳山〜シロヤシオ、森の中、わき水 [私の山歩き]

 大岳山(1266m)は、特徴のある山の形をしており、中央線の電車の中からなどすぐにわかる。山頂ばぷっくり盛り上がっており、まわりの山からその大きな頭を突き出している。いくつかのコースがあるが、一番なじみがあるのは青梅線御岳駅からバスで滝本までいき、ケーブルカーで御岳山まで登って、宿坊が並ぶ参道を歩いて、御嶽神社にお参りしてから登山道に入る(お参りしなくても手前から登山道に入れるが)。この両側に土産物屋が並ぶ参道がけっこうきついのである。

 歩いてすぐの左側に長尾平と呼ぶ広場みたいなスポットがある。さらにすぐ左側に下る道があって、ロックガーデンと呼ぶ沢沿いの谷間の道に出る。ここを歩いてもいいし、谷間の上の道を歩いてもいい。さらに右側の尾根道の方へ登れば、奥の院から鍋割山へ辿れる。この道は人があまり通らないのでとても静かだ。この三つの道がこの先の芥場峠で合流する。この辺から道は急になり、崖にそった道も続くようになる。やがて左手に大岳山荘の屋根が見えてくる。

 2人の子供たちが小さかった頃、奥多摩駅から鋸尾根を伝って、鋸山から大岳山に登り、この大岳山荘に家族4人で1泊したことがある。自炊だがけっこう人も多かった。今はどうだろうか?(どうも営業してないらしい)。 大岳山荘のすぐそばに大岳神社があり、ここから山頂まで、急な岩場の登りがある。ここが遠くから見える特徴的な出っ張りである。20分ほどで山頂に出る。晴れていれば西の空に富士山がくっきりと見えて、じつにきれいだ。また、山頂付近の森には初夏には優雅で気品のあるアカヤシオ、シロヤシオが咲いている。

 山頂から西側のほうへ下りれば鋸山方面への道だ。登ってきた道を下りて、大岳山荘から山頂を左回りにまいて、富士見台へと森の中を歩く。この道が気に入っていることは前にも述べた。とくに初夏や初秋の雨降りのときなどがとても好きだ。寒くなく風もない。ウツギやヤマブキ、ハギなどの花が咲いているとなおいい。

 富士見台からは鶴脚山、馬頭刈山と暗い森の中のきついアップダウンが続く。ふもとに近づくと高明神社と言うお宮さんがあるが、ここはしばらく火災で焼け跡が残っているだけだった。最後に行ったのはもう15年以上は前になるので、今は再建されているかもしれない。やがて、林道に出たら、左手に少し登ったところにわき水があり、ここでいつもタンクに水を詰め込んで帰ったものだ。これを冷やして飲めばじつにうまかった。コーヒーも焼酎も。さらにくだると軍道という集落に出る。ここで武蔵五日市行きのバスを待つことになる。

 このコースはかなり長くてきついが、昔からとても好きで1人で何度歩いただろうか。いつだったか、軍道のバス停でくたばって座っていたら、通りかかった車が武蔵五日市の駅まで乗せてくれたことがある。若い中学校の先生だった。「えっ、そんなに歩いてきたの?」って驚いていた。こういう親切はいつまでたっても忘れない。いい思い出である。

15.奥多摩 鷹ノ巣山〜富士山、防火帯、石尾根 [私の山歩き]

 以前、石尾根の下り道のことを書いたが、尾根の中程にあるのが鷹ノ巣山(たかのすやま、1737m)だ。この山へ日原から登るコースがある。雲取山に登るコースとしても利用されている。奥多摩駅からバスに乗り、川乗橋を過ぎて、日原鍾乳洞の手前の東日原で下りて、少し歩いた先の民家の間を抜けて、日原川の河原へ下りる。巳ノ戸橋を渡って、大きな岩がごろごろしている間を縫うようにして登り始める。

 やがて道は巳ノ戸沢を右岸に渡って稲村岩という巨岩に向かってジグザグに登る。この岩村岩までが歩き始めて1時間くらい。ここからさらに山頂までひたすら登るばかり。稲村岩尾根と呼ぶこのコースは相当きつい。歩くこと1時間半くらいでちょっとした平坦な場所につく。ヒルメシクイノタワという名前がついている。ここでちょうど昼飯どきになるということか。
 
 ここから30分くらいで山頂だ。山頂とはいえ、鷹ノ巣山は長い石尾根の真ん中あたりに盛り上がった突起である。右に向かえば七ツ石山から雲取山へさらに高度を上げる。こちらは1泊コースなので、われわれはここで昼食をとって、左へ下ることにする。鷹ノ巣山のすばらしいところはなんといっても、急坂を登ってきて山頂に出たときの遮るもののない広大な長めだ。富士山が真正面にそびえている。無風晴天の秋から冬が一番いい。

 私はコッヘルとガスコンロをいつも携帯して、前日に用意した食材で、独特のうどん鍋を作る。生うどん、豚肉、野菜・キノコ類をミソ仕立てやカレールーで煮る。担ぐのは難儀だが、作って食べるのは楽しみである。同行のメンバーもおいしいといって食べてくれる。何年か前の冬の日、妻と二人で鷹ノ巣山に登って、昼食にこのうどん鍋を作って、いざよそって食べようとしたとき、後ろ側に倒れ込むように体のバランスを崩した。そのとき、鍋をひっくりかえして、せっかくのごちそうをそこらにぶちまけてしまった。こういうことはたまにあるものである。山で料理したりするときは、よほどしっかり調理器具を安定させておかなければならない。この日は昼食抜きで下山することになった。とほほ、である。

 鷹ノ巣山の山頂から奥多摩駅方面に石尾根を下る道は、防火帯といって、山火事が延焼しないようにわざと、尾根付近の樹木を取り払ってある。だから、見晴らしもよく歩いていてとても気持ちがいい。春などはゼンマイがあちこちに生えていて、いっぱい収穫したこともある。鷹巣山など山頂をつなぐこの防火帯の道とは別に、山頂を通らない山腹の道が付いていて、疲れたときなどはこの巻き道を歩くと楽だ。

 ちなみに、雲取山から石尾根を下るとき、七ツ石山があって、七ツ石小屋というとても雰囲気のある(というかなんともいいようがないさみしげな)山小屋がある。いまもあるのかしらん? また鷹ノ巣山から下ると、六つ石山がある。こちらはコースから少し戻り気味に登るので、疲れているときはスルーしてしまいがちだが、ここがまたなんいもない、ただのピークだが、なんにもないだけ、静かでとても見晴らしがいい。

14.奥多摩三山 川乗山〜百尋の滝、清流、紅葉 [私の山歩き]

 川苔(乗)山はとても好きな山で、一人でもグループでも何度も行っている。7時46分新宿駅発のホリデー快速に乗れば、奥多摩駅に9時頃着く。駅前からの東日原行きのバスが15分頃出るので、それに乗って川乗橋停留所で下りて、歩き始める。しばらくはアスファルト道だが、細倉橋から登山道に入ってからは渓流沿いの涼しい道が待っている。水がとてもきれいで、ここで川海苔を取っていたのだろうか。やがて百尋の滝に着く。滝へは梯子を下りるなどして川原に出なければならない。こんな見事な滝がこういうところにあるんだね~という感想を誰もが抱くだろう。大雨でしばらくの間、川原に下りられない時期があったが、今はどうだろう?

 滝見物が終わったら、梯子を登り返して、もとの道に戻る。ひと山越えて静かな山道を行くと、小さな沢に出る。ここは水場になっていて、飲料水を補給したり、顔を洗ったりしてひと休みだ。ここから反時計回りに山裾を巻くようにしてしばらく歩くと、頂上直下へいたる森の中の道に入る。ここがまたきつい。クマザサをかき分けながら登ると、頂上がすぐそこの高みに見える坂の下につく。ここは昔茶屋があったところだ。小屋の跡がしばらくは残っていたが、今はどうなっているだろうか。

 小休止してから最後の急登にかかる。秋は急坂の両脇の森の紅葉がとてもきれいだ。頂上はかなりの広さがあるので、見晴らしを楽しみながら昼食をとることができる。この頂上へは、ほかにも本仁田山(ほにたやま)から縦走するコースもある。下りは、南へ舟井戸から大根ノ山ノ神を経て鳩ノ巣駅へ下りる。これが楽しい。普通に考えれば楽しいはずもない単調な見晴らしもきかない森の中の道である。ところが、一人で、ただひたすら歩く、歩く。これが楽しい。いろんなことも考えるし、暗い森の中で白く光るウツギの花が咲いていたり、黄金色のヤマブキの群落があったりもする。でもただ歩くことが嬉しい気分になる。ふもと近くなると、そこらの草むらに腰掛けて、ポットに入れてきた冷えた白ワインを飲む。これがまたいい気分にさせてくれる。

 大根ノ山ノ神で本仁田山からの下り道と合流する。もうしばらくで集落に入り、コンクリート舗装の急な下り坂を下りると鳩の巣駅に着く。このごろは青梅線も展望列車と言うのか、渓谷側を見下ろす窓に向けた縦長のベンチがついた列車が走っている。新宿に着けばまた都会の雑踏が待っている。

13.奥多摩三山 御前山〜小河内峠、トリカブト、警察無線 [私の山歩き]

 よく難読地名として挙げられるのが人里である。接したことがない人は絶対に読めない。「へんぼり」と読む。近くには笛吹という集落もあって、こちらは「うずしき」という。古代に朝鮮半島から渡ってきた人たちが作った集落ではないかという説がある。埼玉には高麗(こま)というところがあって、高麗神社という立派なお社もある。唐・新羅に滅ぼされた高句麗の人たちが日本に亡命してきたときに、朝廷が住まわせたという。

 人里や笛吹という集落のある谷間の南側が笹尾根で北側が浅間尾根だ。仲ノ平から西原峠とは逆に北側に登って、浅間尾根を秋川方向に歩くのも気持ちがいい。この道も途中、馬頭観音が祀ってあるところがあるので、昔は普通に人や馬が往来していた道であることがわかる。雨で川が氾濫して通れなくなる川筋の道より、尾根筋の道のほうが安全で丈夫なのである。

 一度、春先、花が咲き出す頃に歩いたことがあるが、人里峠の先、浅間嶺(せんげんれい)につくと、レンギョウやヤマブキやツツジが花盛りでまるで桃源郷のようであった。ここからさらに歩くと、払沢(ほっさわ)の滝に出る。

 この浅間尾根の北側の谷間を流れる秋川上流の北秋川のどん詰まりに、藤倉という集落がある。ここから御前山いたる登山道は人があまり通らず、道も荒れているが、晩秋、枯れ葉に埋もれた小河内峠のあたりは、奥多摩湖(小河内ダム)を眼下に望んで、静寂の空間がとても清々しい。ここから御前山手前の惣岳山へ険しい登りが続く。ここまで登れば御前山山頂はすぐだ。いつか秋に登ったときはこの辺り一面にミヤマトリカブトの花が群落で満開だった。実に鮮やかな紫色である。

 御前山は今は奥多摩駅から奥多摩湖までバスで行って、小河内ダムを渡ってすぐに登山道に取り付くコースが一般的になっているが、30年前頃までは奥多摩湖の南側の淵ををずいぶんと歩いて、小河内峠へ登るコースだった。しかしこのコースは今は歩けない。だから小河内峠コースは武蔵五日市からのバスで藤倉まで行くことになる。

 さて、御前山からの下りは、栃寄沢を境橋へと沢筋の道を下りて、奥多摩駅へのバスに乗るのが近いが、この道は沢に道がついているので石だらけでとても歩きにくく、また、途中からは舗装道路を延々と歩くので、一度行っただけでいやになってしまった。だから、以前にも触れた湯久保尾根を下りることにする。ただ、春から初夏にかけては、ヤマブキ、ウツギ、ヤマアジサイなどの花がきれいだ。
 
 ある夏、1人で歩いたとき、ふもとの宮ヶ谷戸という集落に着いたが、武蔵五日市へ向かうバスが出たばかりで2時間近くも待たなければならなくなった。こういうことはままあることなので、待つか、と思ったが、なにせ日差しが強くてたまらん。タクシーを呼ぼうにも当時は携帯電話などない。ちょうど目の前に駐在所があったので、おまわりさんに「そこの電話を貸してもらえませんか」と頼んだら、「これは警察無線です!」とたしなめられてしまった。でも、親切なおまわりさんは、自分の宿舎に戻って、(ふつうの民間用の)電話をかけてタクシーを呼んでくれた。ああいう親切はいつまでも覚えているな。

12.奥多摩三山 三頭山〜数馬の湯、ブナ林、ドラム缶橋 [私の山歩き]

 奥多摩三山は三頭山(みとうさん、1531m)、御前山(ごぜんやま、1405m)、川乗山(川苔山、かわのりやま、1363m)である。2000メートルもないが、それぞれにハードな山である。しかし、日帰りの登山にはぴったりで、私も何度となく通った。

 三頭山は東京都の最西部、奥多摩湖の南側で、三頭山に連なる笹尾根の南側は上野原町で山梨県になる。ふもとには数馬の湯や兜屋根の民家で有名な数馬である。信長軍に追われた甲州武者の落ち延びたところともいう。武蔵五日市駅から数馬行きのバスに乗って、終点手前の仲ノ平で下りて、西原(さいはら)峠へと登り始める。西原峠から北西へ尾根道を辿れば三頭山、南東へ辿れば生藤山方面へ。そこからずっと歩けば陣場山から高尾山へと続く。

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 この笹尾根をくりぬいて山梨側へ甲武トンネルが通じたのが1990年。長寿村で有名だった山梨県側の山村の食生活が一変し、芋類や穀類しか食べなかった長寿の親より都会から入ってきた肉類や加工食品を食べるようになった子供世代の方が先に寿命を終えるようになって、長寿村の名は言われなくなった。トンネル1本でこうなった。

 東京都にこんな村があるのかという光景は、奥多摩の奥の方へ行けば行くほどよく目にする。転げ落ちそうな傾斜の畑で、芋や野菜を作っている。見上げるような高さに民家がぽつぽつと並んでいる。夏はともかく、冬はさぞ寒さが厳しいだろうと思う。身土不二といい四里四方というが、わが身と生活する環境が一体のものとなっているから、そこですでに満たされており、外へは出る必要はないのだろう。それでも若い人は車で仕事や買い物に出かけるけどね。

 私はこの笹尾根を行ったり来たりした。三頭山方面と生藤山方面である。昔は沢筋の道よりこういった尾根道の方を人々は歩いたようで、武蔵、甲州、相模方面に、人々が往来する往還道だったところも多い。ところどころに道祖神が置かれていたりする。尾根道とはいえ、アップダウンもきつい。こういう道をわが脚だけをたよりにひたすら歩くのである。ただ、遥かな山々の眺めやあざやかな花々は疲れを忘れさせる。

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 三頭山はかなりハードな山で、山頂から下山するときは奥多摩湖の方へ下りる。いつのころからか都民の森とかいうけったいなゾーンができて、頂上直下から登って下りる人は増えたが、私のように尾根道をひたすら歩く人は少ない。新緑の頃はコナラなどの青葉やツツジ、ミズキ、タムシバなどの花がきれいで、山頂から奥多摩湖方面の道はみごとなブナの森である。脚が棒になり疲れ果てた頃に奥多摩湖に着く。ここから対岸へドラム缶橋を渡り、バスを待って奥多摩駅に帰るのである。

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11.奥多摩、奥多摩 [私の山歩き]

 アルプスにも繰り返し行ったが、実は一番足しげく通ったのは奥多摩の山々である。雲取山のようなところは泊まりがけになるが、あとは日帰りがほとんどである。夏や秋の間、アルプス方面に行って、冬春は奥多摩周辺という使い分けでずっとやってきたのである。

 新宿駅からは休日には奥多摩駅行きと武蔵五日市駅行きの列車が連結されて運行されている。この電車には数えきれないほど乗っている。奥多摩駅は1971年までは氷川駅と言っていた。今現在の駅舎に建て替えられるまではまだ昔風の素朴な駅だった。冬などは山から下りてくるとここの売店でお燗をしたワンカップの日本酒を買って飲むのが無上の楽しみだった。鍋に沸かしたお湯にカップ酒が何本も温められている。これを駅のベンチや発車待ちをしているがらんとした電車の中で飲むのである。奥多摩というと、こんなことを一番に思い出すのだ。

 それと、とても好きな山道がある。雲取山から奥多摩駅方面まで伸びるのが石尾根だが、一名奥多摩スカイラインともいう。ずっと歩けば下りで6時間ほどかかる。これが一番いい。あと、大岳山から馬頭刈山方面への道、御前山へと登る小河内峠、逆に御前山から下る湯久保尾根、川乗山頂上直下の急坂、棒の折山へ登る沢沿いの白谷沢、こういったところが大好きで何度も通った。

 こういう道は、1人で歩いていると、誰にも会わないのでだんだん不安になってくることもあるが、アルプスのような険しさはないから、常に現在位置を知り、エスケープルートを意識していれば心穏やかに山歩きを楽しめる。石尾根などは稜線に防火帯が続いて広々として実に気持ちがいい。真っ青な空、雪をかぶった富士山。初夏はウツギ、ヤマブキ、ヤマツツジ、シロヤシオ、アカヤシオ、ホオノキ、キリ、フジなど、初秋になるとハギの花がきれいだ。梅雨前の初夏や少し風が涼しくなった初秋の雨の中を歩くのがよい。

 

10.表銀座コースを燕岳、大天井岳から槍ヶ岳へ [私の山歩き]

 この記事を書こうと思って、昔買った北アルプスの山岳地図を開いたら、当時私が書いた計画書が出てきた。
(1984年)8月11日(土) 新宿駅23:30発アルプス57号
8月12日(日) 有明5:20発バスで中房温泉6:20着 朝食後7:10発燕山荘11:50着 昼食後大天井岳着16:00 大天荘(泊)
8月13日(月) 朝食後大天荘発6:00 西岳9:00 槍ヶ岳山荘13:00(昼食) 槍ヶ岳山頂往復(夕食、泊)
8月14日(火) 朝食後槍の穂往復 槍沢ロッジ 横尾11:20 上高地15:10 バスで新島々 電車で松本 松本発19:21あずさ24号で新宿着22:25

 というような予定が書かれている。この通りで実行しているが、いくつか計画が甘かったと思うことがあった。普通は山中の1泊目は燕山荘とガイドしてあるのだが、少しでも距離を稼ごうと思ったのと、燕山荘は泊まり客が多いので、大天井岳までがんばったことだ。大天井岳は実に大きい山で、表銀座コースから折れて山頂へと登る登山道がきつくて長い。参加者に1人いた女性がバテてしまって動けなくなったことだ。休みながら登ったのでなんとか無事だったが、少し欲張りすぎだった。翌朝、山頂から眺めた有明け空の月が実にきれいだった。ちなみに大天井岳はオテンショダケとずっと読んでいたが、地図にはダイテンジョウダケとべたな読みがついている。どれが正しいんだろう。

 13日に大天荘を出発して表銀座コース上にある大天井ヒュッテまで下りると、燕山荘から出発してきた人たちと一緒になった。こうやって大天井岳をバイパスすれば楽だったんだが、もうひと山登ったんだからよしとしよう。さてここからが表銀座コースのメインである。真夏の晴天である。空気は澄んで見晴らしはどこまでもきく。ここから西岳に行く著中で、ロサンゼルスオリンピックののマラソン中継をラジオで聞いたのだった。アメリカは12日の日曜日で、オリンピック最終日だったのだ。西岳で水を買った。稜線上の山小屋なので水場がないのだ。

 西岳からは東鎌尾根をはしごや鎖を使いながらフウフウ言いながら登る。やっとこさ、槍の肩の槍ヶ岳山荘に着く。チェックインしたものの、天気が悪くなってきたので、槍の穂(山頂)へは翌朝登ることにした。山荘前のベンチで休んでいると、目の前に東海大学(だったか?)医学部の夏期の診療所があったので、興味に駆られてスタッフの人に質問してみた。「この槍の穂を登る人でけが人は多いですか?」と聞いたら、「いや、そんなことはないです。みんな緊張して登っているので、意外とケガはないんです」ということだった。多いのはやはりいわゆる高山病で頭痛や吐き気などである。
 
 翌朝は雨上がりで、槍の穂はガスがかかっていたが、とにかく登ることにして、行列の後ろについた。三点確保を守りながら、ぐんぐんと登っていく。登りと下りはぶつからないようにルートがついているが、山頂直下は登りと下りががっちゃんこするので、交互に譲りながら登る。山頂の祠の前まで行くと、まだ少しガスがかかっているもののだいぶ見晴らしがよくなっていた。そしてブロッケンの妖怪が見えたのである。光背を背負った私の影が正面のガスに映っている。太陽の位置とガスのかかり具合がちょうどそういう条件を整えたのである。

 槍ヶ岳登頂を終えればあとはひたすら下りである。この時から約10年後には逆に槍沢を登って、槍ヶ岳から大キレットを経て、北穂高岳へと登ったが、この時はそんな余裕はない。槍沢を横尾まで下りて、上高地まで7時間ほどをひたすら歩く。もう脚はくたくたである。
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